31,
2008

[なにかが、ずれている]
「ある朝、グレゴール・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な無視に変わっているのを発見した」
あまりにも有名な書き出しの小説。
主人公は、自分が虫になっていることよりも、目覚ましの時間が過ぎていたところに仰天する。
なにかが、徹底的にずれている。そんな思いが、読んでいる間中、抜けることがない。
カフカは、この作品が出版される際に、「表紙に毒虫の絵は描かないでくれ」と注文したらしい。
「毒虫」は、あくまで「疎外される者」であって、虫かどうかはどうでもいい。
いつの時代、どの場所にも「毒虫」はいる。
社会的に疎外される者と、彼らを身内に抱える家族。
「家族だから」と庇護する気持ちと「邪魔だ」と疎んじる気持ちは、矛盾しているように見えるけど、きっとどちらも本心なのだろうと思う。
最後、グレーゴルがいなくなった後、リセットされたかのように晴れ晴れとした気持ちで、娘の将来に期待をよせるザムザ一家。
その未来には、「毒虫」の存在は欠片も残っていない。
この話は説明はなく、オチもない。
しかしだからこそ、その丸投げっぷりと残酷さは妙に現実的に思えてならない。
...Franz Kafka DIE VERWANDLUNG , 1915.
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大真面目に読んでもよし、ユーモアだと笑って読むもよし。
カフカ、本当によく役人なんかやっていたなあ、と思う。
時どき、ぎくりとするほど社会のしくみについての冷静な視線が垣間見えるときは、そういうものかとも思うけれど。
recommend:
>フランツ・カフカ『城』 (負けずおとらず不条理のきわみ)
>カミュ『異邦人』 (人が言う常識とは?・・・)
rate:☆☆☆




ふくろう男

