01,
2008

[待てど待てど]
イタリアの作家、ブッツァーティの待ちぼうけ小説。
タタール人の住む砂漠の砦に赴任してきた軍人にまつわる物語。
「タタール人」「砂漠」。
この単語群から、いったいどんな物語を想像するだろうか?
タタール人は韃靼人のことで、「韃靼人の踊り」という音楽が有名だし、砂漠はいやおうなしに浪漫をかきたてる響きがある。
さて、ではアラビアのロレンスのような、異国情緒あふれる英雄物語なのだろうか?
ところが、この物語ではなにも起こらない。
主人公は、砦を守る者として、ただひたすらタタール人が襲来してくる時を、それこそ冒頭に書いたような、浪漫をかきたてる「何か」がやってくるのを、待ち続ける。
人として生まれたのなら、人生の意味を問うのはふつうのことで、どうせなら自分の人生は特別なものだと思いたい。
「自分の人生は、ほかとは違って特別であり、ドラマティックな何かが起こるはずだ」と、想像したことのある人は、あんがい多いのではないだろうか。
私にも、いつか目の前に宇宙人が現れるとか、魔法が使えるようになるだとか、そんなことを考えていた記憶がある。
砦の守り手にとってそれは「タタール人の砂漠」で、恐怖と好奇の入り混じった視線で、彼らが襲ってくるのを、ドラマが動き出すことを願いながら、日々を過ごす。
砂漠の向こうには、夢をかなえる何かがあって、時間という貴重な財産をすべて賭けてそれを心待ちにする主人公。
待って、待って、夢を見て、待ち続けて、さてその先は・・・
印象的なシーン。
風のうなり声を部下の口笛と聞き間違える場面、母親が自分の足音で目を覚まさない場面。
死と孤独が、砂漠のたんたんと透明な雰囲気の中で描かれる。
現実にはほぼ何も起こっていないのに、先へ先へと読み進めたくなる物語。
...Dino Buzzati IL DESERTO DEI TARTARI ,1940.
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ブッツァーティは短編もいいが、私は長編の方が好み。
じっさい読んだのは数年前なのに、今でもはっきりと砂漠の砦の映像、雰囲気を思い出せる。
たぶんこういう一冊は、一生つきあっていくものなのだろうと思う。
尊敬する翻訳家、須賀敦子さんは、「孤独が荒野でないことを知った」というかっこういい言葉を残しているけれど、さて、砂漠は孤独だろうか?
砂漠に無意味に心惹かれる自分としては、一度確かめてみたいところ。

日本語版の表紙。
砂漠の種類がちょっと違う気がするけど、そこはご愛嬌。
recommend:
>ベケット『ゴドーを待ちながら』 (待つだけの話の王様)
>阿部公房『人間そっくり』 (舞台がほとんど動かないのにおもしろい)
rate:☆☆☆☆☆




ふくろう男


コメントありがとうございます。
>砂漠は何があっても、きっと変わらないですもんね…。
確かに。時間を漂白して淡淡と飲み込んでいく感じがありますよね。
昔から無意味に砂漠に惹かれるので、ドローゴの気持ちが分かるような、分かりたくないような。
確かに「砂漠」という状況が、秀逸ですよねえ。
砂漠は何があっても、きっと変わらないですもんね…。
ふくろう男さんが挙げておられるシーン、私も印象的でした!
そういうところもとっても巧みで、完成度が高く、何度も読み返すのに耐える小説なんでしょうね。
コメントありがとうございます。
もともと砂漠好きなので、タイトル惚れで手にとったのですが、思った以上に良い作品でした。
舞台はほとんど動かないのに、砂に吹き消されるように時間だけが経っていく描写がなんともいえません。
ブッツァーティの児童書、おもしろそうですね。
さっそく探してみることにします。
追記:
せっかくのご縁なので、リンク貼らせていただきました。
よろしくお願いします。
タイトルから、浪漫あふれるドラマティックな物語なのかと思ってました。
井上靖の「敦煌」みたいな。
何も起こらない、というところが逆に想像をかきたてられます。
早速読んでみたくなりました。
ブッツァーティは、児童書もなかなかおもしろかったです。