『地下室の手記』ドストエフスキー
地下室の手記


[ひきこもる]


「<なまけ者!>――これはもう一個の肩書きであり、使命であり、履歴でさえある。」

「ああ、諸君、ぼくが自分を賢い人間とみなしているのは、ただただ、ぼくが生涯、何もはじめず、何もやりとげなかった、それだけの理由からかもしれないのである。」(本文より)


ロシアの大文豪、ドストエフスキーによる、ひきこもり文学。

ネクラーソフ(名前までが冗談めいている)という人間が、地下室で書いた手記として、本書は構成されている。
2+2=4の世界への疑問、人間は、理想のためだけに動くわけではなく、同じくらい破滅のためにも動くということ。
人間は、矛盾に満ちている、という話。


ドストを読んでいてしばしば仰天するのは、この弁舌、そして人の心のとらえ方。
19世紀のロシアでも、自己のうちに閉じこもるタイプの人間は、こういう発想をしていたのだなあと、驚かずにはいられない。
彼の描く心の葛藤は、現代日本、ひきこもる人びと、自尊心の強い若人の思考に、かなり強烈に訴えてくるだろうと思う。
私も、読んでいてぎくり、とするところが少なくなかった。
いきなりぶっ通しで何ページもしゃべりまくる熱狂は、さすがロシア文学、さすがドストといったところだが。


主人公は、激烈な自尊心と、同じくらい激しい自己卑下の心を持っている。
自分は賢い者であるが、同時にハエのような存在だと。
世界とうまく相容れることができない。
この、誰でも一度はぶつかる壁に、本書はひとつの思考の結末を提示している。

世界が悪いのか、自分が悪いのか、それともどちらでもないのか。
世界は悪い、自分も醜悪、だからひきこもる。


本書は、「ドストの転換点」と呼ばれている。
「貧しき人びと」以来の人道主義から一転して、人間に対する不信、絶望が渦を巻く。
本書は非常に短いが、「カラマーゾフの兄弟」「罪と罰」「悪霊」などの、ドストの大作と呼ばれる作品の片鱗がほのみえる。

「世界が破滅するのと、このぼくが茶を飲めなくなるのと、どっちを取るかって?
 聞かしてやろうか、世界なんか破滅したって、ぼくがいつも茶を飲めれば、それでいいのさ」
すごい印象的だったセリフ。

ニート、ひきこもりは、現代的な社会問題ではなく、むしろ普遍的な文学的問題かもしれない。


...Фёдор Михайлович Достоевский  Записки из подполья , 1864.
 ドストエフスキー/江川卓訳『地下室の手記』新潮社、1969年。

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この本、ニーチェ、太宰治と同じくらい、感染力の高い本だと思う。
これを多感な年頃の時に読んだら、ひどいシンクロ率だろうなあ。・・・
世界との付き合い方、おそらく選択肢は数個しかない。
私は、何かをきっとあきらめて、譲るところは譲りながら生きることを選んだ。
さて、地下室の、扉の向こう側の人々は、何を選ぶか?


recommend:
>ニーチェ『ツァラトゥストラ』 (感染力の高さ)
>太宰治『人間失格』 (自尊心と自己卑下の塊)
|books: russian | comment(2) | trackback(0)
comment
決心
色付きの文字地下室の手記、一回読みましたが、やめてしまいましたv-11残念・・・・。なんで、カラ兄を読破した私が読めないのだろう・・・・・・?今度は、ぜったい読破してみせます!!!
2008/07/0319:14 | URL | edit | posted by lplp
コメントありがとうございます
読書には長さや内容もさることながら、けっこう気分が関わってきますよね。決心、すばらしい。
「地下室」は、「カラ兄」と似て非なる作品なので、カラ兄読破済みなら、ぜひ読んでみてください。楽しいと思います。
2008/07/0323:00 | URL | edit | posted by ふくろう男
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