2008.06.27 Fri

[現実から逃げ切る]
「難破船の水夫のように、生活の孤独のうえに絶望した目をさまよわせつつ、 はるか水平線の靄のうちに白い帆のあらわれるのをもとめていた」(本文より)
現実世界とうまく折りあいをつけられない女性が、夢の世界に生きて死んでいく物語。
現代の小説技法、たとえば写実描写などが使われている、正統派小説。
当初、19世紀のフランスでは、主人公が不倫する描写が問題となって、作者が罪に問われたらしい。
裁判の時、フローベールが「Madame Bovary, c'est moi/ボヴァリー夫人は私だ」といったことは、あまりにも有名。
今では、質はともかくとして、これより刺激的な物語はいくらでもある。
時代は移ったのだなあとしみじみとする。
ボヴァリー夫人、エマみたいな人って、けっこう多いのではないかと思う。
現実と理想の違いに悩み、逃げることを選ぶ人。
彼女の場合、逃げる先は恋とぜいたくな買い物だったが、 人によっては宗教だったり二次元、ネット世界だったりするわけで。
人生はたいていが思うようにはいかない。
さて、それにどう対応するか?
うまく折り合いをつけるか、あきらめるか、別の世界に逃避するか。
それは人それぞれの選択である。
逃げる選択、それは先の見えない霧の道を走り続けるようなものだろうか。
帰ることもできなくて、ひたすら走って、疲れて、なにかにつまづいて転ぶ。
そうしたらたぶん、簡単にはもう起き上がることができない。…
エマのすごいところは、徹底的に現実から逃げ切ったところではないかと思う。
フローベール自身もまた、ほとんど外に出ることなく、小説を書き続けた。
冷静に、世界を少し遠くから見つめる視線をのぞく作品。
...Gustave Flaubert MADAME BOVARY , 1857.
フローベール / 生島 遼一訳『ボヴァリー夫人』新潮社、2000年。
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世界と折り合いをどうつけるか、これはとても興味のあるテーマ。
個人的には、あんまり逃げる選択は好きではないのだが、でもわかる、という話。
あまりにスタンダードな小説だものだから、最近の傾向からちょっと離れて新鮮だった。
でも、ずっとは印象には残らないだろうなあ。・・・
recommend:
>トルストイ『アンナ・カレーニナ』 (不倫、そして同じ結末)
>ジッド『狭き門』 (神への愛に逃げる)
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