『火星年代記』レイ・ブラッドベリ
火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114


[故郷を思う]


SFの大御所、ブラッドベリの中でも、1,2を争う著名な作品。
ブラッドベリは「叙情SF詩人」と呼ばれる。
何のこっちゃと思って読んだが、確かに「叙情SF詩人」だった。
せつなさがしんしんと染みる。

「進歩」「未来」という言葉を、ピュアな希望を持って語られなくなって久しい。
ブラッドベリが「火星に人類が到着している」と設定した2001年もとうに過ぎた。
古いSFを読むと、こうした奇妙な感覚を覚える。
子供から大人になる過程にも似た、どこか切なく苦い感情、ああそれほど進むことはなかったよ、というような。
でも、ブラッドベリが本書で言っているのは、「あくまで人間は人間だよね」ということ。
文明が変化しても、人の心はたいして変わりはしないと。


「火星年代記」は、火星人が出てくるが、別に火星人を倒したり、侵略から地球を守るハリウッド的な展開ではない。
本書の火星人は侵略しない。
彼らはむしろ侵略され、人間の鏡であり、ある種の「ヒト」の理想でもある。

火星へ行く、新しい土地へ行く話のはずなのに、感じたのは「故郷」「帰る場所」への人間の心だった。
帰る場所、それはいとしい人間の腕の中だったり、思い出の中の生まれ故郷だったりする。
たとえ別の場所にいっても、人は自分の居場所を捨てきれないのだな、としみじみ思う。

人間は、美しい火星を、地球らしく(この場合はアメリカらしく)する。
また、死んでしまったはずの人間を、わかっているはずなのにそれでも望んでしまう。
しかしそんな人間たちの愛すべき愚かしさを、冷笑するのではなく、火星人を通してせつなく描いているところは、さすがブラッドベリ。


「月は今でも明るいが」「夜の邂逅」「第2のアッシャー邸」が、小話として気に入った作品。
ちなみに、「月は今でも明るいが」でうたわれている詩は、バイロン。

So we'll go no more a-roving So late into the night,
Though the heart still be as loving, And the moon still be as bright.

「われらはもはやさまようまい こんなにおそい夜の中
 心は今なお愛に満ち 月は今でも明るいが」(本文より)


...Raymond Douglas BradburyTHE MARTIAN CHORONICLES , 1950.
 レイ・ブラッドベリ『火星年代記』早川書房、1976年。

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ばりばりのヒューマニズム系はあまり好みではないのだが、なぜかこの本は別格。
いかにもアメリカン、いかにもオールド・ファッションなんだけどね。

ロマン派詩人がなんとなく苦手で、バイロンは読む気がしなかったのだけど、「火星年代記」で好きになった。
こんな逆輸入もあるという話。
バイロンの詩だと、他は「She walks in bearuty」と「Fill the Goblet again」が好き。
「Fill the Goblet again」は、酒好きにはたまらない詩。杯を満たせ!

recommend:
>ブラッドベリ『二人がここにいる不思議』 (最後のおじさんの話がとても好き)
>オー・ヘンリー『オー・ヘンリー短編集』 (ヒューマニズムといえば)
|books: english [usa] | comment(0) | trackback(0)
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