10,
2008

[西欧と南米の雰囲気]
ベルギー生まれのアルゼンチン人の作家による短篇集。
同じアルゼンチンの作家、ボルヘスと並ぶ、短篇の名手とされている。
著者は30代の時にフランスに渡り、以後フランスで生活している。
読んでいて、これまでのいわゆる「ラテンアメリカ文学」とどこか雰囲気が違うな、と感じたのは、彼のこのヨーロッパ性かもしれない。
実際、本書におさめられている短篇の舞台は、ほとんどがヨーロッパ。
でも、その幻想的な語り口は、南米的。
南米文学と西欧文学のハーフのような、そんな印象を受けた物語。
図書館にて、水声社から出ている『すべての火は火』という本を見つけたところから、コルタサルを知った。(題名が格好よかったので)
そっちを読んでいたら、岩波でも手ごろな文庫が出ていると知ったので、こちらを購入。
両方読んだ感想としては、『すべての火は火』との共通の作品がやっぱり良かった。
以下、気に入ったものの感想。
「南部高速道路」
信じられない渋滞でパリに帰れない人びとのつかの間の非日常の話。
「日常」から「非日常」へ、そして「非日常」が「日常」に。人は慣れる。
人びとが、名前が出ないで車種と性別で呼ばれているあたりもおもしろい。
「正午の島」
ギリシャの小さな島に執着する飛行機の添乗員の、短い物語。
最後にひっくり返される。
「ジョン・ハウエルへの指示」
突然舞台に上らされ、演技をやれといわれる主人公。
思えば人生がそういうものかもしれない。気がついたら、事件の中心にいるという不思議。
シェイクスピアだって言っている。「全世界は舞台であって、すべての男も女もその役者にすぎない」。
「すべての火は火」
現代パリの一室の出来事と、ローマのコロッセオの出来事が平行して進んで、収束する話。
題名そのまんま。すべての火は火に。
短篇は、長篇と読み方が違うなあとしみじみ思った。
長篇は読み飛ばす部分があっても大丈夫だけど、短篇はそうじゃない。
じっくり、長篇より少しだけ時間をかけて読む。
...Julio Cortázar Todos los fuegos el fuego, 1966.
フリオ・コルタサル/木村 栄一訳『悪魔の涎、追い求める男/コルタサル短篇集』岩波書店、1992年。
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ボルヘスは、どちらかといえば、人間よりも世界やしかけにスポットが当てられる。
コルタサルはその逆で、世界よりも人間の行動に興味の焦点がある。
似ているようで、違っている。
比較文学もきっとおもしろいんだろうなあ。
recommend:
>ボルヘス『砂の本』 (お師匠?の作品。幻想、世界の構成系)
>フアン・ルルフォ『燃える平原』 (南米短篇だけど、こうも雰囲気が違うとは)
rate:☆☆☆☆




ふくろう男

