06,
2009

[影揺れる]
「・・・煙の道は、ランプにたどりつくまでは見えないが、火屋をすぎると、青みがかった色が流れていくのが見える。炎に近づいていく、一本の手。」(本文より)
ほの暗い書斎の中で、ゆらりと炎が燃えている。
一通の手紙が光のそばにあり、そこからまるで魔法のように、ある男、今はもういなくなってしまった男の肖像が立ちのぼる。
ひさびさに魔法を見た、と思った。
本書は、「E.S.」という男を中心とした物語の断片からできている。
断片では、「旅の絵(写実描写)」「ある狂人の覚書(手記風)」「予審(他者の会話)」「証人尋問(会話形式)」といった、文学的なさまざまな形式が試みられる。
文体はばらばらだし、なんのことを語っているのかもよくわからない。途中で読みにくい・・・と何度投げ出しそうになったことか。
まるで、ゆらめく炎の中を、いくつかの幻影が通り過ぎていくような感覚。つかもうと思ってもつかめない。なんだ、何を言いたいんだ?と目をこらして注視し続けてようやく正体をつかんだところで、物語は終わる。
人間と世界を再構築する。これを魔法と呼ばないでなんと呼ぼう。
・・・と、本書のように遠まわしに言ってみたけれど、「予審」のありえない質問群(E.S.の星座占いとか、トイレ行きたいという悩みとかを、他者が当たり前のように知っていることとか)などは、普通に笑えておもしろい。
隣人が次々に失踪して殺されていく、世界大戦中の東欧の描写や、ユダヤ教の神秘主義の雰囲気も興味深い。
作者はユーゴスラビア出身で、ユダヤ人の父とモンテネグロ系の母を持つ。
「東欧の想像力」というシリーズの第一作にふさわしい物語。
Danilo Kis Pescanik, 1972.
ダニロ・キシュ:奥彩子訳『砂時計』松籟社、2006年。
recommend:
>ボフミル・フラバル『あまりにも騒がしい孤独』…「東欧の想像力」シリーズ2作目。
>ジャネット・ウィンターソン『さくらんぼの性は』…ばらまかれた物語。
>イアン・マキューアン『贖罪』…現実の再構築。
rate:☆☆☆☆
以下、かなりネタばれ気味な追記(ユダヤ教とそのモチーフについて)↓




ふくろう男














