『砂時計』ダニロ・キシュ
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[影揺れる]

「・・・煙の道は、ランプにたどりつくまでは見えないが、火屋をすぎると、青みがかった色が流れていくのが見える。炎に近づいていく、一本の手。」(本文より)


ほの暗い書斎の中で、ゆらりと炎が燃えている。
一通の手紙が光のそばにあり、そこからまるで魔法のように、ある男、今はもういなくなってしまった男の肖像が立ちのぼる。

ひさびさに魔法を見た、と思った。
本書は、「E.S.」という男を中心とした物語の断片からできている。
断片では、「旅の絵(写実描写)」「ある狂人の覚書(手記風)」「予審(他者の会話)」「証人尋問(会話形式)」といった、文学的なさまざまな形式が試みられる。

文体はばらばらだし、なんのことを語っているのかもよくわからない。途中で読みにくい・・・と何度投げ出しそうになったことか。
まるで、ゆらめく炎の中を、いくつかの幻影が通り過ぎていくような感覚。つかもうと思ってもつかめない。なんだ、何を言いたいんだ?と目をこらして注視し続けてようやく正体をつかんだところで、物語は終わる。
人間と世界を再構築する。これを魔法と呼ばないでなんと呼ぼう。


・・・と、本書のように遠まわしに言ってみたけれど、「予審」のありえない質問群(E.S.の星座占いとか、トイレ行きたいという悩みとかを、他者が当たり前のように知っていることとか)などは、普通に笑えておもしろい。
隣人が次々に失踪して殺されていく、世界大戦中の東欧の描写や、ユダヤ教の神秘主義の雰囲気も興味深い。

作者はユーゴスラビア出身で、ユダヤ人の父とモンテネグロ系の母を持つ。
「東欧の想像力」というシリーズの第一作にふさわしい物語。

Danilo Kis Pescanik, 1972.
ダニロ・キシュ:奥彩子訳『砂時計』松籟社、2006年。


recommend:
ボフミル・フラバル『あまりにも騒がしい孤独』…「東欧の想像力」シリーズ2作目。
ジャネット・ウィンターソン『さくらんぼの性は』…ばらまかれた物語。
イアン・マキューアン『贖罪』…現実の再構築。
rate:☆☆☆☆

以下、かなりネタばれ気味な追記(ユダヤ教とそのモチーフについて)↓

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ふくろう男
東欧文学
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『セールスマンの死』アーサー・ミラー
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[夢破れて袋小路]

「この家じゃ、本当の話は十分と続かないんだ!」(本文より)


世界大戦が終結したアメリカで生まれた、サラリーマンの悲劇を描く戯曲。
文字通り、セールスマンが死ぬ話。

主人公のウィリーは、セールスマンだが、35年も勤めて利益をあげられない外回りをしている。ローンはたまっているし、息子どもは30代の働き盛りなのに、いまだに親のすねをかじっている。(現代的だ。あまりにも)
こんな悲惨な状況にあって、ウィリーは、自分はみんなに愛されるすばらしいセールスマンだと思い込む。そうではないことを知っているけれど、強烈な意思で思い込む。さらには、息子たちに過大な期待をかけて、英雄に仕立て上げて、いつかはすばらしい仕事を成し遂げると言い続ける
しかし現実は容赦がない。迫りくる現実の厳しさは、幻想では補いきれなくなって・・・。

これは一体どこの現代日本の話だ?と思うような、あまりにリアルすぎる会話にびっくりしてしまった。
自分のアメリカン・ドリームと、子供たちへのアメリカン・ドリームの継承。
この「アメリカン・ドリーム」を「プレジデント・ファミリー」と「俺だってやればできる中二病」と置き換えれば、今の日本の話として通じる。

そういえば、以前、『ライ麦畑でつかまえて』で引用した、「いったいいつになったら大人になるんだ?」というセリフが同じだったので、ちょっと驚いた。
「夢を見続けるのは子供のすることだ、現実を見ろ、そんなに甘くはないぞ」という、今も昔も変わらない警告。
成功した人はいい。夢を見ない人はいい。現実を知って方向修正できる人はいい。
そうできない人間はどうすれば?やはり行く末はこうなってしまうのだろうか・・・考える。

ミラーと同時代の劇作家には、テネシー・ウィリアムズがいる。ちなみにどちらもピュリツァー賞を受賞。同時代に優れた劇作家が二人も出て、しかも二人とも、夢が壊れる世界を描いているのは、示唆的だ。『ガラスの動物園』の方が叙情的には美しいが、インパクトはこちらかな。

Arthur Miller Death of a Salesman , 1949.
アーサー・ミラー:倉橋健訳『セールスマンの死』早川書房、2006年。



recommend:
崩れるアメリカ。
テネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園』・・・もろい世界の崩壊。
フェツジェラルド『グレート・ギャツビー』・・・グッバイ、アメリカン・ドリーム。
rate:☆☆☆☆
ふくろう男
北米文学
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『インド夜想曲』アントニオ・タブッキ
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[合わせ鏡の旅]

「あなたの本にはなにか納得のいかないところがあるわ」
「なんだかわからないけれど、どこか納得がいかない」
「ぼくもそう思う」(本文より)


イタリアの作家よる、インドをめぐる幻想の旅行記。
主人公は、インドという外部の異国と、自分の内部の両方を旅する。

私の通う大学には、月に一、二回、古本市が立つ。本書は、その市で買ったものだ。
二回この本を読んだ。まずは大学図書館で、友人を待っている間に。その年の夏休みに、インドに行く予定だった。旅行資金のためにひどく貧乏で、本を買うお金がまったくなかったので、図書館のすみでせみの声を聞きながら読んだ。
そして学期が明けてのはじめて古本市で、まためぐりあった。いかにもタブッキらしい登場のしかただなあと、なんだか笑ってしまったことを思い出す。


主人公は、失踪した友人を探すために、インドの街に溶け込んで放浪する。
だが気がつけば友人なんてものはいないのかもしれなくて、作者と物語の境はいつの間にかかき消えている。彼は、自分で物語を作り上げ、その物語の中を旅しているのか?
寝たり起きたり、世界はぐらぐらと揺れて倒錯する。
全体にどこかふわふわとした現実感のなさがあるのだが、時折すえた汗のにおいやゴキブリのざわめきなど、はっと目が覚めるように、現実が明滅するのがおもしろい。

インドという架空の国を、架空の目的を持った、架空の男が旅をする。
いわゆる読者にやさしい終わり方ではない。
流れて流れて、気がつけば影は街に飲まれて消えていくのを見守るしかないような。

Antonio Tabucchi Notturno Indiano , 1984.
アントニオ・タブッキ:須賀敦子訳『インド夜想曲』白水社、1991年。



アントニオ・タブッキの著作レビュー:
『供述によるとペレイラは・・・』

recommend:
幻想を旅する。
>イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』・・・幻想の都市とマルコ・ポーロ。
>萩原朔太郎『猫町』・・・猫の町に彷徨いこんで。
rate:☆☆☆☆
ふくろう男
イタリア文学
2 0

『夏の夜の夢』シェイクスピア
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[どうぞ夢を]

「つたない芝居でありますが/夢にすぎないものですが」(本文より)


夏の一夜、森で繰り広げられる、恋と妖精と人間の、つかの間の喜劇。
西洋の森の神秘と、夜の幻想と魔法。そしてゆかいな登場人物によって繰り広げられる、明るい物語。

2009年最初の感想はどれにしようか考えたが、やはりここは初志貫徹でいってみよう。
『夏の夜の夢』は、まったくひどく個人的な理由から、愛してやまない作品だ。
季節は正反対といってもいいくらいだけど、どうせなら好きな作品から書いてみたいというのが人情だろう。
というわけで、正月早々、初夢も見ないうちから、夏の夜の夢について。

舞台はアテネの森、時は夏至祭の夜。
4人の男女と、妖精の王様夫婦が、いたずら妖精パックによる惚れ薬のいたずらのおかげで、しっちゃかめっちゃかになるという、恋愛どたばたストーリーが主軸になっている。

この妖精パックが、私は大好きだ。
シェイクスピアの道化はわりとどれも好きなのだが、パックの明るくあっけらかんとしたキャラクターは、見ていてとても気持ちがいい。

あと、四つ巴になった恋愛関係の中で語られる恋愛話もじつにおもしろい。
ニンニク食べるなとか、見た目じゃなくて心で見るんだとか、いつの時代も変わらない恋の駆け引きと悩みがある。

小田島氏の訳は、原文見ると「ずいぶん大胆に訳したなあ」と思うところもあるが、日本語がやわらかく、韻の踏み方がおもしろいのがいい。たとえば「無罪ですよ、愉快ですよ」なんて、ついうっかり使ってみたいくらい。

さて、締めはパックの最後の口上、この作品の中でもっとも好きなくだりについて。
シェイクスピアの「地球座」の世界観が、このおどけ者から語られて、なんともすばらしい幕の引き方になっている。物語の幕引きランキングがあれば、5本指に入ると勝手に思っている。

- So, good night unto you all.
- Give me your hands, if we be friends,
- And Robin shall restore amends.

どうぞ皆さま、よい夢を。

William Shakespeare A Midsummer Night's Dream ,1590?
ウィリアム・シェイクスピア:小田島雄志訳『夏の夜の夢』白水社、1983年。


関連:
シェイクスピア全集

recommend:
ゲーテ『ファウスト』・・・パロディ版「ワルプルギスの夜の夢」がある。
>吉田健一『シェイクスピア詩集』・・・論考とあわせてどうぞ。
>映画『いまを生きる』・・・生徒の一人が、劇をやっている。
rate:☆☆☆☆☆
ふくろう男
イギリス文学
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ご挨拶
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a happy new year 2009.

昨日まで、たくさん本を読みました。
今日からも相変わらず本を読んでいこうと思います。
2009年です。あけましておめでとうございます。


お風呂の中でよく考えたら、シェイクスピアの感想をひとつも書いていないことに気がつきました。道理でイギリス文学が少ないはずだ。
というわけで、今年は新たにシェイクスピア、ひき続き南米と東欧ブームで、飽きるまで行ってみようかと。

今年も積んでは崩し、積んでは崩しの読書生活。
たとえシーシュポスであろうとも、ゆるりと楽しんでやっていこうと思います。今年もよろしくお願いします。

ふくろう男
フラグメント
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ただの一日、あるいは
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今の時期、暮れ時には南西に金星が見える。
明けの明星とも宵の明星とも呼ばれるこの星は、たぶん千年前にもあの位置にあった。

星のめぐりにとって、2008年と2009年の継ぎ目は、何のかわりもない一日でしかない。
流れめぐり続ける世界の上に、人間がグレゴリウス暦の枠組みを当てはめているにすぎない。太陰暦では、正月は別の日にめぐる。
でもやっぱり人の世に正月はあって、人は祝い、飲み、愛し、忘れ、心の空気を入れ替える。星は沈黙のまま、回り続ける。

国立天文台の所長が書いたエッセイで、確かこんなことが書いてあったように思う。
記憶はいつだって飾られた的の上にある任意の点だから、多少は違うかもしれない。

巨大なプラネタリウムから見える星空は、何の変哲もないただの一日を告げても、人間がそのただ一日の変化を祝う、それを見るのは好きだ。
みんなでおいしいもの食べて、いい酒を飲んで、その頭上を星がめぐって、天にも地にも星が灯り、やがて新しい日が明けたことを教えてくれる。
祝い事はいつだって大歓迎だ。ただの一日に一喜一憂する、人の世はそうでなくては。



今年はありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
それではおやすみなさい。また明日。
ふくろう男
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2008アワード
2008年をさらりとふりかえる。
今年は本当に本と活字にまみれたなあ。たぶんおやつ食べた回数と同じくらいじゃないだろうか。

というわけで、勝手にアワード。
とりあえずはオーソドックスに、海外文学から。
基本的に今年読んだもので、かつ感想を書いてあるものをピックアップ。


○海外文学部門
順不同。

サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』(フランス)
ぐだぐだな雰囲気が最高に笑える。いいナンセンスぶり。

ヒルデスハイマー『詐欺師の楽園』(ドイツ)
これはいいエンターテイメント。すべてはでっちあげ。

スタニフワフ・レム『ソラリスの陽のもとに』(ポーランド)
分かり合えないこの距離感。
人間の限界が、皮肉を交えずに描かれる。けっこう目からうろこが出る話。

チェスタトン『木曜日だった男 一つの悪夢』(イギリス)
哲学アナーキー。はじめはわけ分からないけど、あとからいい味わい。
人は神に勝てない。だからこそ戦おうとするのが人間である。

ボフミル・フラバル『あまりにも騒がしい孤独』(チェコ)
不条理を笑い飛ばす。本にまみれて35年間仕事をした男の孤独な一生涯。

ビオイ・カサーレス『モレルの発明』(アルゼンチン)
ボルヘスとしかけ的には似ているんだけれど、この叙情性がいい。

アレホ・カルペンティエル『この世の王国』(キューバ)
南米文学のエッセンスがつまっている。ハイチの独裁者と脅威的な現実。

オマル・ハイヤーム『ルバイヤート』
死んだら土にかえるだけだよと、イスラーム圏で言っちゃったすごい人。
ハイテンションな訳は非常にくせになる。


次点:
アルベール・カミュ『カリギュラ』(フランス)
フランスが二つあるのはなあと思ったので次点。淵まで追い詰めてこようとする迫力。

ソポクレス『オイディプス』(ギリシャ)
運命から逃れられないことこそ悲劇。


全体的に、神話系の怒涛の物語が多かったように思う。
あとは「ソラリス」「モレルの発明」みたく、人が分かり合えない話とか。
南米文学、東欧文学は来年も引き続き読んでいきたいところ。

ブログを書き始めて最初の年越しです、そういえば。
一人で読んでいた時より読書の幅が広がったので、書き始めてよかったなあと思います。
おもしろいのあれば、こっそりいっぱい教えてください。


海外文学以外の勝手にアワードは↓↓



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ふくろう男
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白水社『エクス・リブリス』が出るらしい

エクス・リブリス

白水社による「世界の文学」新シリーズ、『エクス・リブリス』が、登場するらしいです。やっほう

第1回配本↓(2009年3月)
・デニス・ジョンソン『ジーザス・サン』(アメリカ)
・ロベルト・ボラーニョ『通話』(チリ)

続刊↓
・ポール・トーディ『イエメンの鮭釣り』(イギリス)
・ロイド・ジョーンズ『ミスター・ピップ』(ニュージーランド)
・クレア・キーガン『青い野原を行く』(アイルランド)
・デニス・ジョンソン『煙の樹』(アメリカ)
・ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』(チリ)
・ヴィルヘルム・ゲナツィーノ『そんな日の雨傘に』(ドイツ)
・ポール・トーディ『ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン』(イギリス)
・ペール・ペッテルソン『馬を盗みに』(ノルウェー)
・エドワード・P・ジョーンズ『地図にない世界』(アメリカ)

ボラーニョ、キーガン、トーディあたりが気になるところ。
ボラーニョといえば、今年の「ユリイカ」の世界文学特集でも翻訳が出ていた。
「ジム」という、2ページちょいの短編だけだったので、どんな作風なのかはまだ分からないけれど。

また楽しみなシリーズが増えました。
ふくろう男
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『オイディプス王』ソポクレス
オイディプス王


[かくも血は呪われ]

「わしは生まれながらの人非人なのか?救いようもなく、汚れ果てた人間ではないのか?」
(本文より)

古代ギリシャの三大悲劇。傑作の名に恥じない古典。
ギリシャの都市テーバイ(テーベ)の王様、呪われた血と運命についての物語。

やってくれたなあ、フロイト先生、と思う。
文学部なら、一度は聞いたことがあるであろう、フロイトの「エディプス・コンプレックス」。
「男は誰でも、父を殺して、母と結婚したいという欲望を持っている」という、あれである。
その逸話として、オイディプス王の話を知っていたので、別に読まなくてもいいかな、と思ってしまっていた。あんまりおもしろそうじゃないし、とも。
失敗した。フロイト先生の話なんかより、ぜんぜんおもしろいじゃないか。


すべては始まる前に終わっている。「運命の糸」は、その中でもがく人間の鼻輪をひっかけて、容赦なく引きずり倒す。

阿呆なたとえで申し訳ないのだが、まるで神殿の剣を見ているようだと思った。
ファンタジーで、よく古代遺跡から脱出する際に、謎のボタンを押したり、剣を抜いたりすると遺跡が崩壊する場面がある。(インディージョーンズとかね)
なんでこんな堅固な建造物が、たったひとつの動作だけで、跡形もなく崩れるのか、昔からまったくもって謎だった。幼い頃は、知らないうちに運命のボタンを押してしまいはしないかと、デパートや友人宅でひやひやしていたくらいである。

しかし、「オイディプス王」は、まさにこの「事実」という、たったひとつの一閃によって、美しい調和の上に成り立っていた神殿を瓦解させる。この過程が、あまりにも見事すぎる。
舞台はほとんど動かないし、会話だけ。みんなが止めようとする。だけど止まらない。この速度と容赦のなさが圧巻。

運命ってなんだ、と思う。
オイディプスは、確かに自信過剰だけれども、あそこまで呪われなければならない人間には思えない。
だからこその悲劇なんだろうな、とも思う。
神々に予告された運命は、人間の手によっては塗りかえられない。そんな世界に、身震いする。

不幸な、あまりに不幸な呪われた身の上。目が覚めるような話だった。

Σοφοκλής Οιδίπους ,B.C.5.
ソポクレス『オイディプス王』岩波書店、1967年。



recommend:
ソポクレスによる、テーバイ三部作。
>『コロノスのオイディプス』・・・2作目。オイディプスのその後。
>『アンディゴネー』・・・3作目。オイディプスの娘の話。やはり血は呪われている。

容赦のない運命と崩壊について。
ガルシア・マルケス『予告された殺人の記録』・・・予告された殺人は。

オイディプス関係の哲学。
>フロイト『幻想の未来/文化への不満』・・・フロイトの考え。
>ドゥルーズ=ガタリ『アンチ・オイディプス』・・・フロイトへの批判。
rate:☆☆☆☆


フロイト先生についての覚書。↓

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ふくろう男
ギリシャ・ラテン文学
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『巴里の憂鬱』ボードレール/上田敏『海潮音』
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[雲を愛す]

19世紀フランス詩人による、散文詩。
アンニュイという言葉が似合うボードレールの詩と、三好達治の漢語めいた美文が合わさって、じつにクラシックな仕上がりになっている。

「パリの憂鬱」ではなく、「巴里の憂鬱」である。
このことからも分かる通り、本書にはほとんどカタカナが出てこない。
「瓦斯灯」とか「硝子」はまだしも、「麺麭」「恰も」「阿諛」「大廈高楼」あたりになると、ちょっとした漢字検定のよう。「阿諛」なんて言葉、はじめて見た。

以下、気に入ったものの一口感想。

「異人さん」:まずはこれから。これ立ち読んで気になったら、買っても損はないと思う。

「けしからぬ硝子屋」
これは印象的だった。ラストの映像美がやばい。けしからんのはお前だ、というつっこみは不在。

「時計」:「中国人は猫の眼のうちに時間を読む」。この一文がいい。

「スープと雲」:「異人さん」と対で読むと、ボードレールの美意識の一端が見える。

「貧民を撲殺しよう」:すごいタイトル。ドストエフスキーの「罪と罰」の発想。

「寛大なる賭博者」:あの有名な悪い人とおしゃべり。

「どこへでも此世の外へ」
「この人生は一の病院であり、そこでは各々の病人が、ただ絶えず寝台を代えたいと願っている」という名高い一文がある。


「優れた散文は詩を含んでいなければならない」というオクタビオ・パスの言葉を思い出した一冊。
物語に酔うのも魅力的だが、言葉に酔ってみるのもまた良し。
ちょっと読みにくい部分もあるが、海外文学&日本語大好き、という人にはおすすめ。

Charles Pierre Baudelaire Petits poèmes en prose, Spleen de Paris ,1869.
ボードレール:三好達治訳『巴里の憂鬱』新潮社、1951年。



recommend:
日本語と訳者の絶妙なるコラボレーション。海外文学なのに日本文学。
>上田敏『海潮音』・・・ヴェルレーヌ、マラルメ、ボードレール。フランスの同時代の作品を読んでみる。もはや上田作品だけど、日本語がすばらしい。
>ボードレール『悪の華』・・・堀口大學訳。こちらも名訳と誉れ高い。
>井伏鱒二『厄除け詩集』・・・こちらは中国詩。「さよならだけが人生だ」という、有名な詩はこちら。(知っている人の半分は太宰ファンなのでは)
rate:☆☆☆

テンションあがってきたので、追記に上田敏『海潮音』について。↓

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ふくろう男
フランス文学
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『黄泥街』残雪
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[まみれる]

「なんたる風だ、人の頭の中まで吹き散らかしおって、世界最後の日まで吹こうってんじゃないか?」(本文より)

中国現代文学の奇才と呼ばれる作家による、異様すぎる街の物語。
「黄泥街」という街が、かつてあったらしい。
一本の通りで、黄色がかった灰色をしている空におおわれている。真っ黒な灰が降って積もる街。

残雪といえば、最近は池澤夏樹の世界文学全集にも収録されている作家である。どうせなら、いつでも買える本より、絶版を読もうと思って手に取った。
なんというか、予想を軽く越える、すさまじい話だった。頭の中が吹き散らかされた。

この小説、びっくりするほど糞尿まみれである。(食事中の方には失礼)
街と住民は、常に糞と蛆と蝿、そのほかもろもろの虫、どろどろの腐敗によって描かれる。
住民の会話は、カフカを思わせる不条理っぷり。ほとんどかみ合わず、らちもあかない妄想がくり広げられる。人が死に、なのに生きている。失踪した人間が、別の人間として現われたと思ったら、やっぱり違っている。すべてが剥離し、こぼれ落ちていく。

この混乱した世界の背景には、中国の狂乱、文化大革命がある。
とある中国人が言っていた。「あの時代は、夢のようだった」と。確かなものなどなにもない。昨日言われたことは、次の日にはひっくり返される。謀反者は常にいるが、誰が謀反者なのかはわからない。そんな時代だったらしい。
物語の中では、「王子光」と呼ばれるものが、たぶん文革を象徴しているんだろうと思う。

「王子光がいったい人間であったのか、むしろ一場の光であったのか、はたまた鬼火であったのか、だれにもしかとはわからなかった」
「王子光のイメージはわれら黄泥街住人の理想なのだ。今後、生活は大いに様変わりする」(本文より)

一度読んだら忘れられないタイプの物語。ある種の耐性を試される。
あれだけまみれておきながら、最初と終わりだけが美しい悪夢のようで、残雪にしてやられたという気がしてならない。

CanXue Huang Ni Jie,1983.
残雪:近藤 直子訳『黄泥街』河出書房新社、1992年。



recommend:
ある耐性を試される本たち。
バタイユ『眼球譚』・・・目玉をどうするかって?
ジム・クレイス『死んでいる』・・・死と腐敗。淡淡とした描写。
rate:☆☆☆

追記に、中国での厠所の記憶↓

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ふくろう男
アジア文学
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『スロー・ラーナー』T・ピンチョン
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[ぶっちゃける]

昔の日記や作文を読んで、逃げ出したくなった思い出はないだろうか。私はある。
朗読されようものなら、もはや拷問だ。その場で燃やして、自分もどこかに埋まりたい。

いち市民はそのくらいですむかもしれないが、作家となるとそうもいかない。
作品として出した以上、燃やすことも埋まることもできない。過去の作品に対して、作家は行儀よく沈黙を守るのが通説になっている。だがピンチョンはこの通説を破った。

本書は、20世紀アメリカにおける最も重要な作家の一人として位置づけられる、ピンチョンの「序」つき短編集。というか、むしろ「序」が本編という、変な本である。
『スローラーナー』は「序文」の名前で、意味は「のろまな子」。ピンチョン自身が、初期に書いた短編について批評している。
これがまた、ぶっちゃけている。
「格好つけただけ」とか「書いてみたけど、意味はわからなかった」とか「どこそこからパクりました」とか、見ているこちらが「え、いいの?」と困惑するぐらい。
さすが型破りの作家である。
以下、一言感想。おもしろかったものには*。

「スローラーナー」
「エゴに打撃」「再読してぼくのさいしょの反応はイヤコイツハ参ッタで」「何とか全面的に書きなおせないものかと思った」などなど、名文句頻発。素直すぎて笑える。
最初読んでも、言っていることの半分もわからないので、全部読み通したあとに読んだほうがいいかもしれない。

「小雨」
陸軍の若者たちの断片と、雨。アメリカの若者ぽさがある話。
ピンチョン・コメント→「(ラストについて)言語が急にあまりに凝ったものになり、読むに耐えない」
セックスとかジョークとか言っていた若者が、最後になってエリオットを引用しだすのは、たしかにちょっと奇妙かも。

「低地」
家を追い出されて、ゴミ捨て場に流れた男が、ジプシーの女性といっしょにもぐりこむ。
流される男の行き着く先。これもけっこう若々しい話。
ピンチョン・コメント→「ぼくがこの短編を書いたときには、彼(主人公)は相当にクールな人物だと思ったのだが」

「エントロピー」
真冬にアパートでどんちゃん騒ぎ。
ウィーナー『サイバネティックス』読んだうえで言えば、「たしかに、エントロピーを小説で使いたいのは分かるかも」という感じ。
「エントロピー」について補足メモ。(ネタばれ気味なので反転↓)
ものすごく乱暴にまとめると、エントロピーは熱力学の話で、事象は常に「平らな状態」に向かっているんだけど、まっ平らになるとそれ以上の変化がない=「終わり」というもの。
人間の身体も、細胞は刻一刻と「死」へとむかっていて、もの食べて「代謝」させないと、平衡状態になって死ぬ。
この短編でいえば、窓が割られて、暑い部屋の中と、極寒の外の空気が平衡になって動かなくなるところ。

ピンチョン・コメント→「新米の作家がいつも、犯さないようにと警告されている、手続き上の誤りの好例」「キュートでしょ?」

「秘密裏に」
エジプトとスパイと陰謀。
そういえば、昔はスパイにあこがれた。でも、よく考えたらいやな職業ですね。
ピンチョン・コメント→「魅力的なトピックだ、文学的窃盗というのは」

「秘密のインテグレーション」
子供たちの悪だくみ。これはけっこう好き。
秘密基地と悪だくみ、ノスタルジーでもいいじゃないか。
ピンチョン・コメント→「自分が書いたとは思えぬような部分がある。この二十年間のいつのことか、いたずら妖精の仲間がこの作品の中に入り込んで手を加えたものに違いない」

照れ隠しのような、自虐のような、なんとも判断がつきかねるが、そういったものを笑えるコアな人向きの本かと。これ読むんだったら、一気に長編いっちゃった方がいいと思う。
しかし、本当に一筋縄ではいかないな、ピンチョン。

Thomas Pynchon Slow Learner 1984.
トマス・ピンチョン:志村正雄訳 『スロー・ラーナー』筑摩書房、2008年。


recommend:
ジャンル分け不能小説。
>トマス・ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』・・・やっぱり長編で。
ナボコフ『ロリータ』・・風俗小説かロード小説か。
>メルヴィル『白鯨』・・・鯨学が半分を占める奇書。
チェスタトン『木曜日だった男』・・・ミステリのような、哲学のような。
rate:☆☆
ふくろう男
北米文学
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『オクタビオ・パス詩集』O.パス
オクタビオ・パス詩集

[描かれる時間]

「あれこれの小説や論文を書くのは、ある種の職業です。詩は職業ではなく、情念です」
(「大いなる日々の小さな年代記」より)

博覧強記のメキシコの詩人、オクタビオ・パスの詩集。

彼は各国を旅して回る外交官だった。アメリカ、インド、パリ、そして日本にも来たことがあるらしい。
彼の書くエッセイは、まさに「博覧強記」という言葉が似合う。文化論、芸術論、詩論、言葉と洞察がとにかく深い。『奥の細道』を翻訳して、南米圏に紹介したのも、パスの業績だ。ちなみに、1990年ノーベル賞受賞。

とまあ、堅苦しい業績はここらへんにしておいて、まずはともかく「仕事ではなく、情念」であるところの詩を読むことから始めよう。

パスの詩は、大地のにおいがする。
南米の太陽と、強い日差しから生まれる深く濃い影、大地に横たわる石と夜。
彼の詩は映像的で、時間の描き方が独特だ。
まるで古い骨董品のような映写機から映し出される映像が、かたん、とコマ送りになるような、そこからなにか真実に近いものがこぼれ落ちるような、そんな詩を描く。


「鳥」
大気と光と空の静寂。
この透明な静寂のなかで
昼はくつろいでいた。
宇宙の透明さは
沈黙の透明さであった。
空の不動の光は
草の成長をやわらげていた。
ひとつの均一の光のもとの、石の間の
地上の小さな虫は石のようであった。
その一瞬時間は満足していた。
そして呆然とした静寂の中で
真昼はおのれ自身を消耗した。
そして一羽の鳥、ほっそりとした矢が歌うと、
空は傷ついた銀色の胸を震わせ、
木の葉はゆれ、
草の葉は目覚めた。
そして私は知った 死は
見知らぬ手から放たれた矢であり
そして一瞬にして私たちは死ぬのだと。


「飛びながら」 
−オレンジ−
テーブルのうえに静止した
小さな太陽、
じっと動かない正午。
何かが足りない―夜が。

−夜明け−
砂のうえに
鳥たちの筆跡。風の回想。


描かれる世界がきれいだと思うたび、言葉の美しさはどんなものだろうと考える。
この詩が原書で読めたらなあと憧憬する。だけど、スペイン語なんてさっぱりだ。それが惜しい。

Octavio Pas Poética ,1935-1987.
『世界現代詩文庫23・オクタビオ・パス詩集』土曜美術社出版、1997年。



recommend:
スペイン語圏、ラテンアメリカ圏の著名な詩人たち。
ガルシア・ロルカ『ジプシー詩集』・・・スペイン詩人。
ネルーダ『20の愛の詩と1つの絶望の歌』・・・チリの詩人。
マルティ『ホセ・マルティ選集』・・・キューバ詩人。
rate:☆☆☆☆

↓どこで詩を読むかとか、つまり心底どうでもいい追記。

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ふくろう男
南米文学
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『アウラ・純な魂 フエンテス短編集』C・フエンテス
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[扉の向こう]

扉を開けて、立ち尽くす。何を言うまでもなく、ばたんと扉は閉められる。
呆然とする、しかし背中にひやりと伝うものがある。

メキシコ作家による、暑いのにひやりとする短編集。
南米のうだるような暑い空気の中、ふとした瞬間になにかがめくれて、常ならぬものが見えてしまう。
どこかゴシック・ホラーのような雰囲気がただよう物語を、南米、メキシコの風土でやるとどうなるか?
以下、一言感想。

「チャック・モール」
雨の神様、チャック・モールの話。
インカとかアステカとか大好きなので、非常におもしろかった。
「血と生贄」を求める神様が土着でいたからこそ、キリスト教は根づいたという、文化人類学的な視点もある。

「生命線」
革命と銃殺。ありふれた死線と、わずかな生命線。
マルケスの『百年の孤独』も、そういえば、銃殺シーンから始まったなあ。
全体的に「線」のイメージ。一斉射撃とか、縦とか横とか。

「女王人形」
好きだった女の子からの手紙を発見して、会いに行ってみるけれど。
ぜんぜんロマンチックな展開にならないで、突き放される。

「純な魂」
ヨーロッパにいった兄と妹の文通、それにまつわる妹の独白。
どことなく不穏で、抑制された筆致で描かれる怖い世界は、なんとなくカズオ・イシグロを思い出した。

「アウラ」
老婆と美女と一人の男が、ひとつ屋根の下で展開する関係。
時間軸がぐるぐる回る。繰り返される恋とエロティシズム、永遠の花嫁。
主人公が起きた時に、時計の時間がわからないシーンが印象的。


メキシコの脈々と受け継がれる神話や死生観の世界が、浮き彫りになる短編集。
文面上は、おかしいところなどひとつもないように見えるのがポイント。なのに、見てはいけないものを見てしまった気がしてしょうがない。
「チャック・モール」「純な魂」のように、メキシコ的なものとヨーロッパ的なものとを対比する物語もあって、文化人類学的に見てもおもしろい。
ティオティワカンの遺跡の写真とか見ながら読むと、テンションがあがりそう。

Carlos Fuentes Macías Aura,1962.
カルロス・フエンテス『アウラ・純な魂 フエンテス短編集』岩波書店、1995年。



recommend:
メキシコの風土。
オクタビオ・パス『孤独の迷宮』・・・メキシコ論。
フアン・ルルフォ『燃える平原』・・・メキシコの現実。
rate:☆☆☆

メキシコあるいはラテンアメリカの死生観についてのメモ。
ふくろう男
南米文学
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『モレルの発明』A.B.カサーレス
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[貴女のそばに]

叶わない願いに対して、変えられない過去について、不死について、あるひとつの答え方。

カサーレスはアルゼンチンの作家で、年齢の枠を超えた、ボルヘスとの友情が知られている。
本書の献辞はボルヘスに捧げられ、そして序文はボルヘスが書いている。じつに仲がいい。ブストス=ドメックの名前で、『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』という共著を出している。

本書は、主人公の手記、という形で物語は始められる。
身にやましいところがあって、どことも知れぬ無人の孤島に逃げ込んだ主人公は、不思議な体験に直面する。
誰もいないはずの島に、いつの間にかたくさんの人々が現われて、嵐の中で楽しげなダンス音楽が鳴り響く。そして見上げれば、そこにはふたつの月と太陽が。・・・

ボルヘスのような幻想的南米文学の雰囲気を持つ。カサーレスの方がもう少し人間くさく、映像的。
題名にある「モレルの発明」のようなガジェットを使ってくるので、ちょっと不思議なSF幻想小説とも読めるが、描いた世界観は、考えれば哲学の奥深いところまで踏み込んでくる。

人は影に過ぎないのか、他者と理解しあうのは幻か?
死んでも恋した女性のそばにいたいという願いと狂気、そしてその願いに対する答え方がなんとも印象的な小説。
SFぽいけれど、あくまでSF「ぽい」ので、マッドサイエンティストがどうやってあんな発明をしでかしたのかは、象徴的に読み飛ばした方がいいかも。
読後、誰もいなくなった島で、語り手の叶えられなかった願いが叶えられ続けているシーンを想像すると、なんとも切なくなる。

それでも人は恋をする。分かり合えないと知りながら、心を通わせられないと知りながら。

Adolfo Bioy Casares La invencion de Morel , 1940.
アドルフォ・ビオイ=カサーレス:清水 徹、牛島 信明訳 『モレルの発明』水声社、2008年。



recommend:
不死、硬質の幻想世界。
>ボルヘス『不死の人』・・・不死のモチーフ。
>カサーレス『豚の戦記』・・・老人狩りの話。衝撃的。
スタニスワフ・レム『ソラリスの陽のもとに』・・・分かり合えない。
rate:☆☆☆☆

『ピアノチューナー・オブ・アースクエイク』
『モレルの発明』とルーセルの『ロクス・ソルス』を題材にした映画。
本書の表紙は映画からの引用らしいです。
ふくろう男
南米文学
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